大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)84号 判決

控訴人 那須三次郎

右訴訟代理人弁護士 市野沢角次

控訴審における当事者参加人 二重作昇三郎

右訴訟代理人弁護士 松井邦夫

主文

原判決を取り消す。

参加人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも参加人の負担とする。

事実

参加人訴訟代理人は「控訴人は参加人に対し原判決末尾物件目録(一)記載の土地を同物件目録(二)記載の建物を収去して明渡し、且つ昭和三七年一月二四日より右明渡ずみに至るまで一ヶ月金八五四円の割合による金員を支払え。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め控訴人訴訟代理人は、参加人の請求棄却の判決を求めた。

参加人訴訟代理人主張の請求原因事実は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示中第一審原告訴訟代理人主張の請求原因事実≪中略≫の記載と同一であるのでここに右記載部分を引用する。付加する点は次のとおりである。

原判決末尾物件目録(二)記載の建物は従来控訴人の家族のみの居住の用に供していたところ改築後は二階五室はいずれも壁で仕切つた独立の室となり、各室ごとに入口及び押入を有し電気の計量器が取付けられ、新たに二階に炊事場、便所が設けられ、二階より直接建物外部えの出入口としての階段が新たに設けられ、二階五室全部をアパートとして他人に賃貸するように改造されたものである。控訴人のかような行為は無断増改築禁止の特約に反すること明らかであるから、脱退前被控訴人の控訴人に対する契約解除の意思表示により右両者間の原判決末尾物件目録(一)記載の土地賃貸借契約は解除されるに至つた。

しかるところ、脱退前被控訴人は事件が当審に係属中の昭和三七年一月二三日、原判決末尾物件目録(一)記載の土地を含んだ土地一一七坪七合九勺を参加人に売渡し、参加人はその所有権を取得し同日所有権取得登記を了した。よつて、参加人に対し原判決末尾物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和三七年一月二四日から明渡ずみまで一ヶ月金八五四円の割合による損害金の支払を求める。

控訴人訴訟代理人の陳述した答弁は、原判決事実摘示中「原告の請求原因として主張する事実は」とあるのを「参加人の請求原因として主張する事実は」と、「原告主張のごとき」とあるのを「参加人主張のごとき」と訂正し、参加人がその主張の土地一一七坪七合九勺をその主張の日時に買受け所有権を取得し所有権取得登記を了した事実、並びに原判決末尾物件目録(二)記載の建物が改築により参加人主張のように構造が変つたことは認めるが、右建物の使用目的が変更されたとの主張事実は争う。」と付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるからその記載をここに引用する。

証拠≪省略≫

理由

一  脱退被控訴人の先代橋本寿吉が昭和二七年一〇月一五日、控訴人に対し寿吉所有の原判決末尾物件目録(一)の土地を参加人主張の約で(但し無断増改築禁止の特約の点は除く)賃貸し、控訴人が右地上に参加人主張の建物を所有していたこと、寿吉が参加人主張の日に死亡し脱退被控訴人が参加人主張の経緯により右土地の単独所有者となり右寿吉の賃貸人たる地位を承継したこと、及び控訴人が昭和三五年九月下旬頃右賃借地上に有していた木造瓦葺二階建居宅建坪一七坪七合五勺二階五坪の建物につき脱退被控訴人の承諾をうることなく参加人主張の増改築をなしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで参加人主張の無断増改築禁止の特約の合意の有無について判断するに、成立に争いない甲第一号証および証人二重作昇三郎の証言を綜合すれば、脱退被控訴人の先代橋本寿吉と控訴人間に参加人主張の賃貸借契約が成立するに際し参加人主張の無断増改築禁止の特約がなされたものでありそれは単なる例文に過ぎないものではないことを認めることができ、右認定に反する証人那須トシヱの証言は右認定に用いた証拠に照らして採用し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

三  そして、脱退被控訴人から控訴人に対し前項の特約に基づき本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした事実は当事者間に争いがなく、参加人は右意思表示により本件土地賃貸借契約は解除された旨主張し、控訴人は右特約の効力を争い解除の効果を争うので、以下右特約の効力について考察する。

一般に借地契約の内容として地上建物の無断増改築禁止の特約が存する場合に、右特約並びにこれに違反したことを理由とする契約解除の効果については争いの存するところであるが、この点については借地法における賃貸借当事者双方の利益調整を考慮の上決しなければならない。そこでこれを賃貸人の側からみれば、建物の増改築はそれが建物の朽廃時期を遅らせ、ひいては、借地契約の期間満了にあたつて借地人の建物買取請求権行使による買取価格をめぐつて賃貸人に予期以上の出捐を強いることとなり、賃貸人に対し或程度の不利益を蒙らしめることは否定すべくもない。しかしながらかかる特約を有効と解した場合においても建物の維持保存のため必要であると認められる程度の増改築をも禁ずることはできないと解すべきであるから、かかる特約が有効に存在したとしても建物は維持保存のための増改築によりその都度その朽廃時期が延期せしめられることは充分予想しうるところであり、また、買取価格が増大して賃貸人に予期しない出捐を強いることになるとしても、賃貸人はその出捐と同価値のものを取待するわけであるから前記賃貸人の蒙る不利益は左程強調すべき筋合のものではない。むしろ、借地法は賃貸借当事者双方の利益の調整に考慮をはらいつつもことに宅地の合理的効率的な社会的利用関係に重点を置いているものと解せられるのであつて、かかる観点に立つて無断増改築禁止の約定を考えるときは、右約定は宅地の合理的な社会的利用を阻害し借地人にとつて種々の不利益を強いるものにほかならない。即ち、約定をもつて無断増改築を禁じこれに違反した場合賃貸借契約を解除しうることとなると、借地人としては借地上に所有すべき建物については多くは現状有姿の構造のままに制限され、建物所有者のその後の建物使用態様の変更が殆んど不可能となる結果となり、特約違反を理由に契約解除された場合には借地人は借地法第四条による買取請求権を有しないものと解せざるをえないから、かくては借地人の右法条による建物買取請求権の行使を事実上制限するにひとしい結果となる。また、借地法第七条に該当する建物の築造に対し土地所有者が異議を述べた場合においても借地権は依然残存期間中存続し、賃貸人は工事を禁止する権利を有しないものであるし、同条による建物の滅失には人為的な取毀しも含むと解すれば、予め特約をもつて建物の増改築を禁止し右特約に違反した場合にはただちに借地契約を解除しうるとなすことは結果的には同法条の規定の趣旨にそわないこととなるわけである。

ただ借地法第二条によれば存続期間につき有効な特約のない借地権に在つては建物の朽廃した時に借地権は消滅するものであり、有効な存続期間の定めのある借地権についてもその更新後は同様であつて(借地法第五条第一項但書)、木造建物はたとえ適当な修理を怠らず部分的な増改築を行つても永年存続するものではなく、やがては修理も及ばず取毀新築を必要とする状態に達し朽廃に至るものであり、借地権者の保護はこの朽廃の時期を終期とし反面土地所有者はこの時期に土地の利用権を回復するのであつて、土地所有者のこの利益はこれまた保護されるべきではあるが、さきにも示したとおりこの点に関する土地所有者の利益はそれほど強調すべきものではなく、特約により増改築を禁止できるとしてもその程度はよほど厳格に制限すべきである。

以上の諸点を考慮すれば、結局土地所有者は借地人が既存建物を取毀して全然新たな建物を築造するとか非堅固の建物を堅固の建物に改築するとかその他これに準ずるような工事により建物に通常予想される程度を超えた不合理な増改築大修繕を施しこれにより建物の命数を不当に伸長し建物買取価格を不当に増大させるようなことは借地人との特約により有効に禁止できるけれども、その程度に達しない増改築大修繕を理由なく禁止する特約は借地法の趣旨特に前掲各規定の法意に背反するので同法第十一条により無効と解すべきである。

これを本件について見るに、控訴人が建物の一部の根太及び柱を取換えたことは当事者間に争なく、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、取換えられた柱は二本であること及び本件建物は昭和七年の建築に係ることが認められ、この程度の修理は家屋の維持保存のため普通のことであるから特約を以てこれを禁止することのできないことは当然である。

また当事者間に争のない二階部分の増改築は、その規模構造より見て単なる建物の維持保存のためだけといえないことは明らかであるが、これとて従来の二階建住宅の二階部分六坪を十四坪に拡張して総二階作りとしたに過ぎず、住宅用普通建物であるという点については前後同一であり、建物の同一性も失われていないので、この程度の増築は借地の効率的利用のため通常予想される合理的な範囲を出でないものであり、特約を以てこれを禁止することはできないものというべきである。

従つて、本件における無断増改築の禁止の特約は以上述べ来つた理由により無効なものというべく、右特約に基づく脱退被控訴人の解除の意思表示はその効力を生ぜず、右解除を前提とする参加人の控訴人に対する本訴請求は理由なく失当として棄却を免れないところ、これと異る結論のもとに脱退被控訴人の請求を認容した原判決は失当であつて本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小沢文雄 判事 仁分百合人 判事宇野栄一郎は転任につき署名押印することができない。裁判長判事 小沢文雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例